前回に引き続いて滋賀県勢初の準優勝に輝いた近江高校の軌跡、お伝えします。
前回はおもに準優勝メンバーと甲子園までの足どりを紹介しましたが、今回は甲子園大会での活躍をお伝えします。
(参考文献・ホームラン、報知高校野球・週刊ベースボール・朝日など)
第83回全国高等学校野球選手権大会
三人の投手陣と堅い守りで滋賀県大会を制した近江は第83回全国高等学校野球選手権大会に出場します。
この年は怪物・寺原隼人(てらはら はやと)率いる日南学園(宮崎)と春夏連覇を狙う木内監督の常総学院(茨城)などが優勝候補でした。
その中で近江はどこまでやれるかな…。
まずは一勝、でも今回はわりと組み合わせに恵まれているので、あわよくば二つ勝てるかなぁ~~。
というのが滋賀県民の大半の予想だった。
対戦相手が決まったわ!
近江は1回戦は不戦勝、初登場は2回戦からになりました。
8月13日、大会6日目・第3試合で、対戦相手は岩手代表・盛岡大付高校でした。
2回戦 近江4-1盛岡大付(岩手)
盛岡大付属高校
盛岡大付属(もりおかだいふぞく)高校は1995年(平成7年)夏に甲子園初出場。
今でこそ岩手県内では花巻東、一関学院とならぶ岩手県の常連校で、派手な打撃のチームとしてその名をとどろかせていますが、この時が3度目の出場でした。
春夏あわせて初戦の壁に泣かされること実に9度!
2013年(平成25年)の春、10度目の挑戦でついに初戦突破を果たしました。
その後は甲子園でも勝てるチームに変貌し、2017年(平成29年)夏には3勝を挙げて初のベスト8に進出しました。
試合開始
近江が主導権
近江は4回表に一年生の5番・大西選手と6番・橋本選手のタイムリーヒットで2点を先取!
その裏、盛岡大付も1点差に詰め寄るも、5回表に近江は一死2・3塁から2番の笹嶋選手がスクイズを決め3-1。
6回にも近江は島脇選手の内野安打で1点追加。
滋賀県勢、7年ぶりの勝利!
自慢の投手陣も、先発・竹内投手→6回から島脇投手→9回から清水投手のおなじみリレーで逃げ切り、滋賀県勢として夏・7年ぶりの初戦突破を果たしました。
1994年(平成6年)に勝って以来だったんですね~~。
3回戦 近江11-1塚原青雲(長野)
初戦を突破した近江は8月17日、大会10日目・第2試合に登場します。
相手は長野代表・塚原青雲高校です。
塚原青雲高校(現・松本国際)
塚原青雲(つかはらせいうん)高校は初戦で勝利(塚原青雲8-7八頭)、35年ぶりの出場で甲子園初勝利を挙げています。
塚原青雲は私立校ですが当時全校生徒110人、野球部員17名で甲子園にやってきて話題になりました。
翌年に生徒募集中止する予定でしたが、この甲子園出場を機に募集中止を撤回。
野球部員も増えて、その3年後にまた甲子園に出場しました。
その後は創造学園大付に校名を変更し2007年(平成19年)春にも出場。
現在は松本国際高校に校名変更されています。
試合開始
近江、序盤で試合を決める!
試合は塚原青雲のエース・長谷川投手が制球に苦しみ、2回表に4連続四死球などノーヒットで近江が先制すると、その後もバント、タイムリーヒット、内野ゴロ、ワイルドピッチなどで2回に大量7点を挙げて試合の大勢が決してしまいました。
塚原青雲の長谷川投手はセットポジションになるとストライクが全く入らなくなり、自滅してしまいました。
近江は初の甲子園2勝、初のベスト8に進出しました。
準々決勝 近江8-6光星学院(青森)
滋賀県勢として夏16年ぶりにベスト8に進出した近江は8月19日、大会12日目・第2試合で青森代表・光星学院と対戦しました。
光星学院
青森代表・光星学院(こうせいがくいん)は1997年(平成9年)春に甲子園初出場。
この前年(2000年)夏に初戦突破を果たすと、勢いに乗りそのままベスト4に進出しました。
この年も2年連続のベスト4をかけてこの試合に臨みました。
その後、2011年夏~2012年春~2012年夏と甲子園三季連続準優勝というとんでもない記録を打ち立てています。
現在、八戸学院光星(はちのへがくいんこうせい)高校に校名を変更して、今も強豪校として君臨しています。
試合開始
近江、接戦を制する!
試合は常に光星学院が先手を取る苦しい展開に…。
しかし近江は5回表に橋本選手のタイムリーで同点!
その後、ランナー1、2塁からまさかのダブルスチール。
直後にキャプテン・小森選手が2点タイムリーで大逆転。
島脇投手、ロングリリーフ
この試合は先発・竹内投手が3回で退き、4回から登板した2番手の島脇投手が好リリーフ。
最後まで6イニング投げ切り、竹内ー島脇のリレーで光星学院の追撃を振り切りました。
これで近江は初の、滋賀県勢としても16年ぶりのベスト4に進出しました。
準決勝 近江5-4松山商(愛媛)
近江は8月20日、準決勝第1試合に登場しました。
この日は台風接近のため、天候が悪く、準決勝にしてはスタンドのお客さんの入りはさみしかったですね…。
松山商
愛媛代表・松山商業(まつやましょうぎょう)は春夏通算7度の全国制覇を誇る超名門校です。
特に夏に強く5度の全国制覇があり、『夏将軍』の異名を持ちます。
この5年前の夏にも全国制覇を果たしており、この夏に6度目の頂点を目指します。
二枚看板の松山商
この試合、松山商の先発は二年生で背番号10の阿部健太(あべ けんた)投手でした。
背番号10ながら今大会4試合登板し、29回2/3イニングで25奪三振、5四死球、15失点。
スライダーとインコースのシュート(シンカー)が持ち味の投手で、この試合でも5回まで投げ、74球で無失点でした。
ちなみに二年生の阿部健太選手は翌年のプロ野球ドラフト会議で近鉄バファローズからドラフト4位で指名され、翌年高卒新人として2勝を挙げています。
その後は6回からエースナンバーの稲垣投手にリレーしています。
試合開始
中盤まで劣勢の近江
3回裏に松山商がキーマンの弓達(ゆだて)選手の三塁打を足掛かりに先制。
ちなみにこの時、近江のレフト・一年生の大西選手が負傷退場してしまいます。
6回裏にも松山商は岩井選手のホームランで2-0とリードを広げました。
島脇選手のホームランで反撃
2点ビハインドの近江は7回表、一死ランナーなしから途中出場の島脇選手がライトへソロホームラン!
近江8回に大逆転!!
近江は無死一塁から三番・岡選手がエンドランでレフト線に二塁打。
一塁ランナーの笹嶋選手が暴走気味で一気にホームを狙います!
アウトのタイミングでしたが送球が笹嶋選手の頭に当たってしまい、ランナー生還!
近江は2-2の同点に追いつきました。
その後、二死三塁になりますが、6番・橋本選手のタイムリーで逆転。
さらに振り逃げでもう1点追加し4-2と大逆転しました。
県勢初の決勝進出
最終回にも1点追加して5-2とした近江はその裏2点を奪われますが、最後再びマウンドに上がった島脇投手が抑えて5-4で逃げ切りました。
近江は竹内ー島脇ー清水ー島脇の継投リレーで、滋賀県勢初の決勝進出を決めました。
決勝戦 近江2-5日大三(西・東京)
決勝戦は台風一過の8月22日、快晴の甲子園球場で行われました。
相手は西・東京代表の日大三高でした。
後にプロ入りする選手が4人いるという反則級に強いチームでした。
特に強力打線は筋金入りで、これまでの甲子園大会のチーム打率記録を塗り替えていきました。
この化け物チーム相手に果たして近江投手陣は持ちこたえる事が出来るのか…?
試合の焦点はそこにありました。
日大三
日大三高(にちだいさんこう)こと日本大学付属第三高校は春に全国制覇の経験がある名門チームでした。
例年、春に強く、夏はそこまでって感じでしたが、この時に限って夏に強かったのです。
決勝戦までの勝ち上がりを見てみましょう!
1回戦〇11ー7樟南(鹿児島)
2回戦〇11ー4花咲徳栄(埼玉)
3回戦〇7-1日本航空(山梨)
準々決勝〇9-2明豊(大分)
準決勝〇7-6横浜(神奈川)
準決勝まですべて7得点以上、準決勝まででチーム打率は脅威の.449!
ちなみに準決勝までの日大三の個人打撃成績は以下の通りです。
1番・都築(3年).609 2本塁打
2番・野崎(2年).300
3番・内田(3年).500 2本塁打
4番・原島(3年).478 3本塁打
5番・斎藤(3年).563
6番・石井(3年).353
7番・幸内(2年).556
8番・諸角(3年).409
9番・近藤(3年).167
・・・どうやって抑えるねん!!(笑)
9番の近藤選手はエースピッチャーです。
小倉全由監督
日大三高の小倉全由(おぐら まさよし)監督は関東第一高校の監督時代に春のセンバツ大会で準優勝の経験があります。(1987年・昭和62年)
しかし以降は、当時ライバルだった帝京高校に打ち負けていた苦い記憶から、日大三高の監督就任時には『打撃のチーム』に育てることに執着したのです。
2023年をもって退任することになりました。
同じチームからプロ入り4人
近藤一樹投手(近鉄バファローズ・ドラフト7位)、千葉英貴投手(横浜ベイスターズ・ドラフト6位)、内田和也外野手(ヤクルトスワローズ・ドラフト3位)、都築克幸内野手(中日ドラゴンズ・ドラフト7位)と、この年の秋に同じチームから同時に4人もプロ入りしています。
これは高校のチームとしては歴代最多で、特に近鉄バファローズ(当時)に入団したエースの近藤一樹投手はその後プロで二桁勝利を記録したり中継ぎ投手として重宝されたりして長きにわたってプロで活躍しました。
試合開始
頑張る近江投手陣
試合が始まると2回に日大三に2点を先制されますが、近江の先発・竹内投手が日大三の強力打線を5回まで3安打2失点に抑えてキッチリ試合を作って、2番手の島脇投手にスイッチします。
近江も1点差に追い上げますが、終盤に日大三に突き放され2-5で敗戦。
県勢初の優勝は持ち越しになってしまいました。
筆者は当時、先発の竹内投手をもうちょっと引っ張っても良かったのにな~~って正直思いました。
しかし日大三の打線に長打を許さず、単打のみで10安打5失点に抑えた多賀監督の手腕は大いに評価されています。(竹内ー島脇ー清水ー島脇ー清水の継投リレー)
近江を破って夏の選手権初優勝を果たした日大三高は、その10年後の2011年(平成23年)の夏にも全国制覇を果たす事になります。
まとめ
2001年(平成13年)夏、滋賀県勢初の準優勝に輝いた近江高校を2回に渡って紹介しました。
あれから20年後の2021年夏に近江はベスト4、翌2022年春には準優勝、夏に再びベスト4と近年は強豪校になっています。
滋賀県に優勝旗を持ち帰る日が来るのも、そう遠くはないでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ではまた。