かってに滋賀県観光大使

【近江八幡市】近江兄弟社とメレル・ヴォーリズとは?

あなたは神を信じますか?

・・・いきなり何の勧誘かとお思いでしょうが、近江八幡市にはかつて神が存在していました。そしてその精神は100年たった今も近江八幡市に息づいています。

その神の名はウィリアム・メレル・ヴォーリズ

近江兄弟社(おうみきょうだいしゃ)グループをご存じでしょうか?そうですね、メンタームを製造している会社です。近江兄弟社高校というのもあります。これらはすべてこのメレル・ヴォーリズ氏が関わっています。…というよりヴォーリズ氏そのものです。

いったいメレル・ヴォーリズとは何者なのか?今回は近江八幡市に深くかかわりのあるメレル・ヴォーリズと近江兄弟社を取材しました。

近江八幡市とメレル・ヴォーリズ氏

近江八幡市(おうみはちまんし)は琵琶湖東岸に位置し、人口8万人の観光都市です。近年はバームクーヘンで有名な、たねやグループのフラッグショップ店のラ・コリーナ近江八幡は滋賀県の観光客数で目下5年連続トップです。

その近江八幡市に1908年(明治38年)、県立第一商業学校(現・八幡商業)の英語教師と赴任したアメリカ人のメレル・ヴォーリズ(当時24歳)は、キリスト教を広めながら建築家としても活動。メンソレータムを日本に輸入し、その後近江兄弟社メンタームとして製造販売事業、さらには病院や図書館、学校なども設立し多岐にわたり近江八幡市に貢献しました。

1958年(昭和33年)78歳の時に近江八幡市名誉市民第1号に選ばれました。

近江八幡市の概要

豊臣秀次が築城した八幡山城の城下は商工業が発展し、その後八幡商人が活躍する礎となります。

八幡商人(はちまんしょうにん)

江戸時代、近江八幡あたりで活動していた近江商人のこと。他に日野商人、高島商人、湖東商人などが存在した。

近江八幡市は駅前より、城下町として栄えた八幡山城跡付近が観光地として有名で、江戸時代の町家街や八幡堀巡りに訪れる方が多いです。八幡堀は映画のロケなどに使われたりしています。

その中に突如として現れるお洒落な洋風建築物…、これがヴォーリズ氏が手掛けたヴォーリズ建築で、近江八幡市内はおろか全国に約1,500以上存在しました。建築に詳しい方ならご存じだと思います。

メレル・ヴォーリズ氏、近江八幡市へ!

県立第一商業高校の英語教師に赴任

ヴォーリズ氏は24歳で近江八幡市の県立第一商業高校の英語教師として来日。同時にキリスト教の伝道も目的にしていました。元々、建築家志望だったヴォーリズ氏ですがキリスト教伝道の道を選び、来日後熱心に伝道活動を行っていました。

しかし、これが原因で教師の職を失う羽目になります。その後、改めて建築家として活動を始めたヴォーリズ氏は医療・教育などさまざまな事業を展開することになります。

ちなみに県立第一商業高校は現在の八幡商業(はちまんしょうぎょう)高校にあたります。近江商人養成所近江商人士官学校などのイメージですが、近年では野球部の方が有名でしょうか?天八魂は有名ですよね。

近江商人の特徴

江戸時代に躍起した近江商人の特徴として、

よく言えば…「商売上手」・「計算高い」。

悪く言えば…「せこい」「ケチ」などが挙げられます。

なので、もし誰かに「お前、セコくね?」などと言われたら、すかさず「近江商人の血が流れているから仕方ない!」と言い返しましょう(笑)。

 近江療養院設立

当時、不治の病といわれた結核の療養院として設立。当時の設計では日光がよく入るような設計だったようです。現在はヴォーリズ記念病院として利用されています。

場所は観光地の城下町よりもかなり西側(琵琶湖寄り)になります。

近江兄弟社設立

(株)近江セールズとして家具や楽器などを輸入販売していたヴォーリズ氏はメンソレータムを輸入、それをメンタームとして製造販売する事業を本格的に始めます。

事業名も近江兄弟社(おうみきょうだいしゃ)と改称。これが近江兄弟社メンタームの始まりでした。緑と白のロゴマークはよく見かけます。

市内にはメンターム資料館もあります。筆者が取材に訪れた時は休業中でした。

近江兄弟社の由来

滋賀の地「近江」と、クリスチャン精神に基づいた「目標に向かい心は一つ」の「兄弟」を合わせて近江兄弟社と名づけられました。

 

 

学校法人設立

ヴォーリズ学園、別名・近江兄弟社学園。保育園から幼稚園、小中高まであります。すべてベージュと茶色の美しい学園です。近江兄弟社高校の野球部は1993年(平成5年)の夏に甲子園出場しています。ヴォーリズ氏が手掛けた学校だけあって近江兄弟社高校の校歌の歌詞は英語です。

さらには子供たちの教育の場として図書館も設立しています。

 

そして彼は神になった。

日米関係が悪化した1941年(昭和16年)、ヴォーリズ氏は日本国籍取得。その名を一柳・米来留(ひとつやなぎ・めれる)と改名。78歳になった1958年(昭和33年)には近江八幡市の名誉市民第一号に選ばれ、東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)に83歳でこの世を去っています。

ヴォーリズ建築巡り

彼の手掛けた建築物はヴォーリズ建築として大切に保存されています。江戸時代の街並みが再現されている近江八幡市に突如レトロな洋風建築が存在しているのはこのためです。

最近ではヴォーリズ建築巡りツアーも行われているそうですが、2020年は春・秋ともコロナの影響で中止でした。

ヴォーリズ建築の特徴

ヴォーリズ建築の特徴としてよく挙げられるのが自己主張が少ないということです。建築家というものやはり自分の色を出しがちで、ド派手なデザインが多いのですが、ヴォーリズ建築はわりと質素にまとまっています。

代表的なヴォーリズ建築

これは問答無用で大丸(だいまる)・心斎橋店本館でしょう。2019年に86年ぶりに新装リニューアルされましたが、ヴォーリズ建築を最新の技術で再現されています。一階の天井やエレベーターなどはヴォーリズ建築の名残りがあります。

近江兄弟社とヴォーリズ建築の動画

 

まとめ

今回は近江八幡市に多大な貢献をしたメレル・ヴォーリズ氏を紹介しました。

近江八幡市は彦根市や長浜市とならんで滋賀県の観光地です。近江八幡市の町家街散策の際にはぜひともヴォーリズ建築、注目してください。

最後までお読みいただきありがとうございました。ではまた。

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